「私の一冊」──『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(米原万里 著)
文=黒川信太郎(黒川学園 理事長)
大学の卒業旅行で、初めて海外を旅しました。そこで一番心を奪われたのはチェコ共和国の首都、プラハの風景でした。当時あまりヨーロッパの歴史に関する知識はありませんでしたが、プラハの春やビロード革命の舞台となったヴァーツラフ広場や、モルダウ川にかかるカレル橋を歩くと、数々のドラマがこの地で生まれ、今も人々はそれぞれのストーリーを生きているのだ、と感じることができました。
ロシア語の同時通訳者でもある著者の米原万里さんは、9歳から14歳までの多感な時期をプラハで過ごしました。通っていたソビエト学校の生徒の出身国は50カ国以上に及び、その中でも特に親しかったギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカとの物語が、この『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』には鮮やかに描かれています。
米原さんが帰国することになり、それから3人に再会するまで、30年以上の歳月を要しました。その間、チェコではプラハの春、そしてビロード革命が起こり、ベルリンの壁は崩れ、ソ連は崩壊し、ルーマニアでも革命が起こり、ユーゴスラビアも民族紛争の後、解体されました。米原さんもロシア語の通訳者として歴史の瞬間に立ち会い、ゴルバチョフ大統領やエリツィン大統領の言葉を全国に届ける大役を担いました。これだけ歴史の波にさらされ続けたら、皆が同級生だった頃に想像した未来とは、かけ離れた人生を送ることになるのも無理はないでしょう。
それでも、30年以上経ってから、米原さんと親友3人の人生は再び交わります。笑顔だけの再会ではなく、美しさ、切なさ、悲しみを湛えて。でもそれこそが、それぞれの人生を必死に生きてきた証しでした。
彼女たちの出会いの場所が歴史に彩られた街、プラハだったのはきっと偶然ではなく、私がこの本に出会ったのも偶然ではないような気がします。今日も街のどこかで、一生を大きく左右するような出会いがあり、そして多くの物語が紡がれている、そんなことを思わせてくれる、大切な一冊です。
\ 2歳児の見学大歓迎 /
黒川アカデミーグループ
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